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Exit through the gift shop:イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ

Movie ★★★★★


「もの事の本質は隠されていることが多いが
メディアは表面しか見ない」




これこそ現代美術におけるPunk Movie!


現在、世界で一番有名なグラフィティ・アーティストであるBanksyの初監督作品。
ドキュメンタリー映画でありながら、彼の作品らしく風刺の効いた捻りのある作品だった。
というより、現代美術に向けて中指を立てる非常にPunkな作品だった!


なるほど、絵画にしても映画にしてもBanksyのスタンスは変わらないんだな。
悪戯で何かを伝えるという作風は、フィルムという手法に替えても炸裂している!


90年〜現在に通じるグラフィティ・アートシーンのドキュメンタリーでありながら、
Mr. Brainwashという一人のArtistに迫ったドキュメンタリー(?)でもある。
ティエリーというオッサンをメインに、当初はライター達の姿を潜入取材していくつもりが、
Banksyとの出会いをきっかけに事態は思わぬ方向へ転がっていく。


正直に言えば、見終わったときフェイク・ドキュメンタリーに近い印象を持った。
というのも、主人公とも言うべきティエリーというおっさんのリアリティーがあまり感じられなかったからだ。
そもそもMBWというアーティストとはBanksyの同一人物というより、Banksyの作り出したキャラクターのように思えた。
とは言え、ティエリーのかぶっている帽子とイスラエルパレスチナ分離壁に絵を描くBanksyがかぶっていた帽子が酷似していたように思えたのは、単なる勘ぐり過ぎた結果なのかもしれない。


この作品において、BanksyはMBWの事をこう称している「Mr Brainwashはアンディー・ウォーホールの生まれ変わりだ」と。
これがあながち冗談ではないと思ってしまうのは、Mr Brainwashのやっている事は実際にアンディー・ウォーホールがやっている事とあまり変わらないから!
ウォーホールは「僕を知りたければ作品の表面だけを見てください。裏側には何もありません」 と言い放ち、作品に内面性を求める事を拒否している。
のであれば、この何も考えていないMBWの作品群は、内面を持たない作品という点でまさにその具現化と言えるのではないか。


これを意図してか意図せずしてかは置いておいて、アンディー・ウォーホールと同じようなことをやっておきながら、
僕らは彼が成功していく姿を観て、どうも腑に落ちない何かもやもやしたものが残るのは何故だろうか―?
それは、この映画で馬鹿にされているのが観客そのものだからである。
メディアや印象操作で見方を180度変えてしまう僕らに「お前本当にわかって言ってんの!?」と薄ら笑いで痛烈な皮肉を浴びせかける。


付加価値やコマーシャルに目を奪われて、作品の本質が分からずに評価されている現状は、
偉そうにArtを語る知ったかぶりとそれにのっかる自分のような人々が造り出したのだ。
「そうそう、えらそうに映画を評価しているお前の事だよ!」と笑われているような気分にもなってしまった。


芸術に興味がある人にも全く興味がない人にも、楽しめてそして考えさせられる。
見終わってから、こんなにも作品について語りたい!と思ったのも珍しい。
作者の問いかけに、受け取った個人個人が好きなように勘ぐっていく行為が面白いのだ。
ってこれこそが、現代アートの楽しみ方じゃないか。
と、またも勘ぐってみる。


ちなみに、僕の部屋に去年くらいに購入したMr. Brainwashの作品が飾ってあるのはここだけの秘密である。