この世界の片隅に

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日常の中にこそがかけがえのないものである


僕たちは、「戦争を知らない子供たち」である。


今から70年以上前、ここ日本で本当に起きたあの出来事は、
センセーションに描かれるがあまり、現実味のない物語のように思えていた。
何が起きたのかという事実だけが独り歩きをしていて、当たり前のように平和を享受する僕らは、
あまりにリアリティーがなさすぎる教科書の中の物語のようだった。


だから、僕は「戦争は二度と繰り返してはいけない」というメッセージに対しても、
僕にとっては「当時は当時で今は今。戦争なんて起きる訳がない」としか思えなかった。
正気の沙汰とは思えない事実の数々は本当に現実に怒っているとは思えず、
誤解を恐れず言うならば、僕にとって戦争映画はある意味で一種の娯楽映画の役割をもっていた。


「戦争は二度と繰り返さない。」
心からそう思っているけれど、心の奥底で「そんな事起こるはずがない」とすら思っていた。
なぜならば、僕は戦争の恐怖というものをよくわかっていなかったのだ。


そんな時、この作品に出合った僕は、見終えた瞬間から戦争の恐怖を意識し始める。
それはこの作品で描かれる光景というのが、現代に生きる僕らと全く変わらない日常の光景だったからだ。
戦時中であったとしても、そこで生きる人々の日常は変わらずに続いていく。
にも関わらず、彼らの生活は驚くべきスピードで変わっていくのだった。


「戦争映画なのに」ほのぼのとしていて、
「戦争映画なのに」くだらない描写にあふれている。
そんな戦争映画が今まであったのだろうか?


戦争を題材にドラマを描くとしたら、戦争というものの愚かさを強調するあまり、
ドラマにならない「普段の日常」を描く事はなかなか出来ないはず。
けれども、この映画はあえてその部分を描いていく事によって、
そこで生きていた人のリアルが少しずつ戦争に染まっていく恐ろしさを目の当たりにし、
「戦争」というものが、昔の人が起こした愚かな歴史としてではなく、
僕らの時代であっても起きてしまうかもしれない恐怖を実感させてくれる。


これが戦争映画かと驚くほどにユルくてキャラクターの魅力が爆発している前半から、
次第に戦争の影を落としていくごとに激しく、そして悲しき人生をゴロゴロと転げ落ちていく。


場面の転換点では必ず日付が描かれる。
それは観客にとって破滅へのカウントダウン。
そう、僕らは知っている、19451年8月6日に呉とはそう遠くない広島で起きたある出来事を―。


そんな世界を生きるのは、空想と絵を描く事が好きな天然ボケの入った素朴な女性。
彼女は、空想と現実を行ったり来たりしながら流れるように生きて行きたかった…
けれども、激動の時代という波はそんな彼女をいとも簡単に呑み込んでしまう。


戦争は彼女から大事なものを2つ同時に奪って行った。
そして、同時に重すぎるカルマを彼女に背負わせた。
そんな世界であってもなんとか生きてきた彼女だったが、
8月15日、ついにあの玉音放送を聞いた後、彼女の行動には溢れ出る涙を禁じる得なかった。


取り返しのつかない出来事で大事なものを亡くしてしまったすずさんが、
唯一心の拠り所にしていたのは、せめてこの戦争に勝つ事で失ったものが無駄ではなかったことを証明する事だったのに、
他人事のように始めて、他人事のように終わらせた、身勝手な判断への憤りと、
言い訳すらも失った重すぎるカルマに押しつぶされる姿はあまりに切なくて悲しい。


色んなひとが色々なものを亡くし、あるはずないものを探している。
それが戦争なのだ。あの言葉は生き残ってしまった全ての人々の心の叫び。
あまり言葉を発する事のなかった彼女がこんな事を思っていたなんて…!


ただし、この作品が本当に素晴らしかったのは、悲劇だけで終わらせなかった事。
どんな状況であれ、それでも生き続ける強さと希望を見出そうとする尊さを描いた事。
取り返しのつかないものを亡くし、そしてそれを失った罪を自らの背負っているのに、
それを償う理由すらも奪われて、生きている理由すら見失った自分であっても、
この世界の片隅で見つけてくれて、そして愛してくれる人がいるという幸せ。


あの橋の「この世界の片隅で、ウチを見つけてくれてありがとう」というセリフは今も胸に突き刺さる。


そしてラスト。
何かを失った事が逆に生きる意味を見つける事となる皮肉さの中に、
どんな状況であったとしても最終的に前向きに生きる人間の強さを知った。
戦争が終わり、目立たぬよう隠していた明かりを家々がつけるようになるシーンは、
まるでそこに生きる人たちの新たな希望を表しているようだった。


当時の人の証言をもとに、実際の街並みや生きていた人まで忠実に再現しようとした世界観。
些細な変化で月日の流れや状況を表現する繊細さとアニメならではの手法を生かし、前衛的な表現で魅了する大胆さ。
そして、完全に魂が乗り移ったと言っても過言ではない、のんの名演。
どれもこれも筆舌に尽くしがたいほどに素晴らしい。


この映画は戦争を体験した親戚と一緒に行ってみたいと思った。
当時生きた人の感想が聞きたくなった。
戦争を語り継ぐというのは、いかにやったか、いかにやられたかの話ではなくて、
僕らの日常が失われてしまうという恐ろしさとそれをどうやって回避するのか考える事なのだと思い知った。


火垂るの墓」とは対極にある、どちらも【日本の戦争】を描いた傑作。
来年からは終戦記念日には必ず見る映画にしようと心に誓った…。