Der Staat gegen Fritz Bauer:アイヒマンを追え! ナチスがもっとも畏れた男

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彼をそこまで突き動かしたものはなんなのかー




自らの歴史の闇から目を逸らす事なく直視すること。
それがどれだけ難しい事なのかー。


国民がその事実から逃げる事なくそれを行う事、
それこそが本当の意味での戦争の清算である。
そして、その上でもう一度歩を前に進める事、
それこそが本当の意味での戦争からの復興である。


ナチスの歴史を語る上で、外すことのできないアドルフ・アイヒマン。
彼は潜伏していたアルゼンチンでMOSADOに拘束され、そのままエルサレムで裁かれた。
そして、世界はホロコーストアウシュヴィッツという恐ろしく忌まわしき歴史の存在を知る事となった。


そんなドイツの黒歴史を引っ張り出したアドルフ・アイヒマン拘束の影には、
何者にも負けない、鉄の意志をもった男たちの正義があった。


その男、フリッツ・バウワー。
戦後最も重要な法律家。ユダヤ人の社会主義者で同性愛者。
そんな当時のドイツにおいて、マイノリティー中のマイノリティーであった一人の男の物語。


自国の復興を掲げ、経済発展にばかり力を入れた戦後のドイツ。
ナチスの中枢にいたものは、その責任を取る事なく、元の生活に戻っている。
さらにあろう事か、その一部は人々を指導する立場に立つものもいたのだった。


そんな中でナチス戦争犯罪を明るみに出すというのは至難の技だ
劇中でバウワーは言った、「執務室を一歩出れば、そこはもう敵国だ」と。


そんな戦後の西ドイツにおいて、政府からは隠蔽工作が行われ、
国民もいつしか罪の意識から逃れるためか、「ナチス・ドイツ」という忌まわしい記憶を
知らぬ間に蓋をする事で前を向こうとしていたのだった。


そんな社会の中でナチスドイツを裁こうとする行為は、
国民からは「ユダヤ人の執念」と揶揄され、検察から様々な妨害工作が行われる。
ナチスドイツにいた人がひとくくりに悪いと言うわけではないにしても、
ナチスドイツの残党がここまで日常に溶け込んでいる光景は本当に驚かされる。


それでもマイノリティーたちによる揺るがない正義は、
アドルフ・アイヒマン拘束という一つの結末を迎えるものの、
彼らは長い間、歴史の闇の中に葬られていた。


なぜドイツ当局でなくMOSADがアイヒマンを拘束したのか。
そして、ナチスドイツの戦争裁判をエルサレムで裁いたのか。
その半世紀にも渡って隠されていた真実がスクリーンの中で暴かれる。


さて、対して戦後70年以上経った日本は、
本当に太平洋戦争の清算というものを行えているのだろうかー。
どちらかと言えば右寄りであると思う自分の視点であっても色々と考えさせられた。